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最低賃金は止まらない ~飲食店経営が直面する”構造変化”と2026年の打ち手~

業務改善 経営分析 補助金・助成金

2026年も最低賃金の引き上げが見込まれる中、社会保険の適用拡大なども重なり、経営者の皆様の実負担は「見えている時給以上」に膨れ上がっているのが実態です。 「人件費が上がるから、人を減らす・値上げする」 もし、このような対症療法を繰り返しているとしたら、少し立ち止まる必要があるかもしれません。

終わらない「人件費上昇」の実態とコスト構造

ここ数年、飲食店経営者の方と話していると、必ずと言っていいほど出てくる言葉があります。「人件費がきつい」——2026年も最低賃金の引き上げが見込まれています。ただ、この問題の本質は「今年どうするか」ではありません。

「人件費上昇」に終わりはない

最低賃金は、今後も上がり続けます。上のグラフが示すように、2018年から2025年にかけて全国加重平均は874円から1,100円超へと、7年間で約30%近く上昇しました。すでに全都道府県で1,000円を超える水準に到達しており、地方においても例外ではありません。

そして重要なのは、これは単発ではなく、毎年積み上がるコストだという点です。さらに、社会保険の適用拡大・法定福利費の増加も同時進行しており、「見えている時給以上に人件費は上がっている」というのが実態です。

“見えないコスト”が人件費を押し上げている

時給だけを見ていると、本当のコスト増を見誤ります。2024年の社会保険適用拡大(週20時間以上・月額賃金8.8万円以上)により、これまで保険対象外だったパートタイム従業員にも事業主負担が発生するようになりました。

時給1,055円・週20時間のパート1人あたりで試算すると、実質的な月次コストは時給換算で約1,260円相当になります。表示されている時給の約1.2倍が、経営者の実負担です。5人いれば、1人分多く払っている計算になります。

なぜ「値上げ」だけでは解決しないのか

「人件費が上がったから価格を上げればいい」——その考えは、正しいようで不完全です。

価格転嫁には限界があります。近年の物価上昇で消費者の価格感度は高まっており、値上げによる客離れのリスクが増しています。また競合他社も同様の状況にあるため、価格競争に巻き込まれる可能性もあります。さらに根本的な問題として、コスト構造が変わらない限り、値上げはその場しのぎの対処に過ぎません。翌年また最低賃金が上がれば、同じ問題が繰り返されます。

2026年の打ち手:3つの方向性

構造変化に対応するには、単発の対処ではなく3つの方向性を同時に進めることが重要です。

① 売上・客単価を上げる

値上げではなく「価値の再設計」が鍵です。低価格メニューへの依存を減らし、利益率の高いメニュー(ドリンク、デザート、セット販売)の構成比を高める。また「時間帯別価格」や「テイクアウト強化」によって、同じオペレーションで売上を底上げする施策も有効です。

② 労働生産性を上げる

「同じ人数でより多くの売上を出す」ことを目指します。セルフオーダーシステムの導入、仕込みの標準化、ホール動線の見直しなど、1人あたりの担当範囲を広げつつ負担を増やさない工夫が求められます。補助金・助成金(IT導入補助金、業務改善助成金)を活用することで、初期投資を抑えることも可能です。

③ 人員構成を最適化する

「何時に何人必要か」をデータに基づき設計し直すことです。曜日・時間帯別の売上データをもとにシフトを最適化し、繁忙時間帯には人を厚く、閑散時は薄くする。同時に、誰でもできる業務と経験者にしかできない業務を分類し、最低賃金上昇の影響を受けやすいポジションの業務量を減らす設計が効果的です。

今すぐ動ける「3つの問い」と現場の課題

2026年、今すぐ動ける「3つの問い」

飲食店経営者の皆様に、今日から考えていただきたいことが3つあります。

まず「うちのFL比率は適正か」を確認してください。飲食店の健全なFL比率(食材費+人件費)は売上の55〜60%が目安です。これを超えている場合、どちらかに手を打つ必要があります。

次に「時給以外のコストを計算したことがあるか」を問い直してください。社保・交通費・教育コスト・採用コストを含めた”真の人件費”を把握することで、初めて適切な打ち手が見えてきます。

最後に「1年後、最低賃金がさらに50円上がったとき、今の構造で耐えられるか」を検証してみてください。答えが「ノー」なら、動くのは今です。

現場で起きていることと「対症療法のループ」

最低賃金が上がるたびに、現場では3つの対応が繰り返されます。人を減らす、シフトを削る、値上げをする——どれも間違いではありません。実際に短期的には効果があります。しかし問題は、それが毎年繰り返されていることです。「また人件費があがる→また削る→またきつくなる」というサイクルから抜け出せないまま、少しずつ体力を消耗していく。多くの飲食店が陥っているのは、この「対症療法のループ」です。

このループを断ち切るには、「その場をしのぐ対処」ではなく、コスト構造そのものを変えるという発想の転換が必要です。そして2026年は、その転換を後押しする制度的な変化が重なるタイミングでもあります。

2026年の制度変化を味方につける戦略

コストが上がる一方で、支援制度もまた大きく方向転換しています。重要なのは、「使える補助金・助成金が変わった」という事実だけでなく、「どんな経営姿勢の企業が支援されるか」という基準が変わったという点です。

2026年は、制度の側も変わり始めている

① 補助金は「選ばれるもの」へ

かつては比較的取りやすかった補助金も、審査の厳格化・選別化が進んでおり、「とりあえず申請」は通らなくなっています。今後は「この投資が経営にどう貢献するか」を説明できる経営計画が前提となります。つまり、補助金を取るために経営計画を作るのではなく、経営計画があるから補助金が取れるという順序に変わりつつあるということです。

② IT導入補助金は「AI・データ活用」へ進化

2026年の象徴的な変化がここにあります。単なるレジ・POSの導入では評価されにくくなり、「導入後にデータをどう使って業務改善するか」まで問われる設計に移行しています。これは飲食店にとってチャンスでもあります。売上データ・シフトデータ・原価データを連携して活用する仕組みを持てば、補助金の対象になりながら、同時にコスト構造の改善も進められるからです。

③ 助成金は「賃上げ・人材投資」が中心に

助成金の方向性は、賃上げをする企業、人材育成に投資する企業を国が支援するという姿勢が鮮明になっています。最低賃金の引き上げを「コスト増」と捉えるのではなく、「助成金を活用しながら人材に投資し、生産性を上げる機会」と捉え直せる経営者が、制度を最大限に活用できます。

制度変化が意味すること——「後追い型」から「先手型」へ

補助金・助成金の変化が示しているのは、国が「生産性向上と人材投資に真剣に向き合う事業者を選ぶ」時代に入ったということです。

後追い型の経営では、毎年コストに追いかけられ、制度の恩恵も受けづらくなっていきます。一方、先手型の経営者は、最低賃金の上昇を織り込んだ上で計画を立て、補助金・助成金を戦略的に組み込み、データを使って継続的に生産性を改善していきます。「制度が変わった」のは、ピンチではなくシグナルです。 動くべき方向を、国が示してくれている——そう読み替えた経営者が、2026年以降の飲食業界で優位に立つはずです。

生き残る条件と「正しい順番」

見えてきた一つの構図

ここまでの内容を整理すると、一つの構図が浮かび上がります。人件費は上がり続ける。補助金は選別が進む。助成金は人材投資をする企業に集中する。この3つが同時に進む中で、生き残る企業の条件は「人と生産性に向き合い続ける企業」です。

重要なのは”順序”と”準備”

しかし多くの企業が「IT導入補助金が使える」と聞いて、いきなりシステムを入れようとする。あるいは、とりあえず申請だけしてみる。その結果、「使いこなせないシステムにお金がかかっている」「申請が通らなかった」という状況になりがちです。

本来の順序は、こうです。

ITツールへの投資は「ゴール」ではなく「土台が整った上に乗せるもの」です。土台なき投資は、効果が出ないだけでなく、管理コストや混乱を生みます。逆に言えば、土台さえ整えれば、ITツールへの投資の効果は劇的に高まります。

また「助成金を使いたいけど難しい」という声をよく伺いますが、その「難しさ」の正体は、多くの場合シンプルで、制度の問題ではなく、準備の問題です。

これらは「準備が整っていないと申請できない」というシンプルな話で、裏を返せば、準備さえできれば多くの制度が使えるようになります。

変化に対応できる企業の共通点

うまくいっている飲食店には、共通した特徴があります。大きくお金をかけているわけでも、特別なことをしているわけでもありません。「人・データ・仕組み」の3つを同時に変えているのです。

この3つが整って初めて「人件費が上がっても利益が出る体制」ができあがるのです。

最後に——2026年は、経営の前提が変わる年

2026年は、単なる制度変更の年ではありません。人件費はこれからも上がる。補助金・助成金の条件はより実務的になる。そして市場はコストに追いかけられながら削り続ける店と、仕組みで利益を生み出す店とに、静かに分かれていきます。問われているのは、「今の延長でいくか、変えるか」です。

すぐに大きく変える必要はありません。まず現状を正確に把握することから始めましょう。自店のFL比率は適正か。勤怠データは正確に取れているか。雇用契約・就業規則は整っているか。この3つを確認するだけで、打ち手の優先順位が見えてきます。その一歩が、数年後の利益を大きく左右するはずです。

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