多店舗展開を阻む「1号店の呪縛」とは?ー 成長を止めないための「戦略的撤退」の判断指標
飲食店を多店舗展開していく中で、経営者が最も下しにくい決断の一つが「店舗の閉店(撤退)」です。特に、苦労して立ち上げた創業の1号店や、かつて会社の屋台骨を支えてくれた主力業態の店舗となれば、その決断は「経営の敗北」のように感じられ、先延ばしにしてしまう経営者は少なくありません。 しかし、5店舗、10店舗と企業規模を拡大していくフェーズにおいて、「一度開けた店は絶対に閉めない」という美学は、時に会社全体の体力を奪う致命傷になり得ます。 今回は、多店舗展開を成功させている玄人経営者たちが必ず持っている「スクラップ&ビルド(撤退と再構築)」の思考法と、情に流されないための撤退基準の作り方について解説します。
目次
「サンクコスト(埋没費用)」と「情」の罠
なぜ、経営者は不採算店舗、あるいは利益が極端に薄い店舗を閉めることができないのでしょうか。最大の理由は「サンクコスト(これまでに費やしたお金や時間)」への執着と、その場所・スタッフに対する「情」です。
「あそこは創業の地だから」「あと少しテコ入れすれば昔のように売上が戻るかもしれない」「アルバイトの子たちを路頭に迷わせたくない」。これらは経営者として非常に人間らしい感情ですが、ビジネスの数字は残酷です。
商圏の人口動態の変化、競合の出現、あるいは自社のブランドコンセプトと今の顧客ニーズのズレなど、外部環境の変化によって「その場所での賞味期限」が切れてしまった店舗を、気合と根性だけで復活させることは極めて困難です。
「赤字ではないが、利益が薄い店」が組織を蝕む
多くの場合、経営者が判断を迷うのは「大赤字の店」ではなく、「トントン、あるいは微益だが、労力に見合っていない店」です。実は、多店舗展開において一番厄介なのはこの状態です。
例えば、利益率がわずか2%しかない旧業態の店舗に、社内でも優秀なベテラン店長を配置しているケース。これは、企業にとって最大の損失です。
その優秀な店長を、利益率10%が見込める新業態の店舗や、売上規模が倍の繁盛店に異動させれば、会社全体にもたらすキャッシュは劇的に増えます。「赤字じゃないから」という理由で古い店舗を維持することは、優秀な人材という最も貴重なリソースを塩漬けにしているのと同じなのです。
本部の管理コスト(エリアマネージャーの巡回時間や事務処理の手間)も、利益が出ている店と出ていない店で基本的には同じようにかかります。薄利の店舗は、見えないところで企業の成長スピードを確実に鈍らせています。
飲食店の「撤退ライン」を設ける3つの具体的基準
いつまでも情に流されないためには、あらかじめ「これ以上下回ったら撤退(あるいは業態転換)を検討する」という明確な基準、つまり「撤退ライン」を設けておくことが不可欠です。
例えば以下のような基準です。
- 営業利益率が○ヶ月連続で○%を下回った場合
- FLコスト(食材費+人件費)が○%を恒常的に超えている場合
- 店舗の設備更新(大規模修繕)に数百万円が必要になったタイミング
重要なのは、これらの基準を「社長の感覚」ではなく、「全店舗の正確なデータ」に基づいて判断することです。日々の売上だけでなく、原価のブレ、労働時間の推移など、どんぶり勘定ではない正確な日次・月次データがあって初めて、経営者は「これは一時的な不調か、構造的な限界か」を冷静に見極めることができます。
撤退は「失敗」ではなく「事業ポートフォリオの最適化」
「店舗を閉める=失敗」という呪縛から抜け出してください。
成長し続ける飲食企業は、常にスクラップ&ビルドを繰り返しています。時代に合わなくなった店舗や立地から名誉ある撤退をし、そこで回収した資金と優秀な人材を、より勝率が高く、これからの会社を創る新しい店舗(ビルド)へと再投資しているのです。
撤退の決断は、経営者にしかできません。
その重い決断を下すためにも、まずは自社の全店舗の健康状態(詳細な数値データ)を、感情を交えずにフラットに比較できるシステム基盤・管理体制を構築することが、多店舗化を生き抜く第一歩となります。データの裏付けがあればこそ、経営者は自信を持って「次への撤退」を決断できるはずです。


