飲食店の従業員にとって「制服着替え時間」の取り扱いは、労務管理の重要なポイントの一つです。ひと昔前には、勤務開始前に制服に着替え、タイムカードを打刻して働くのが当たり前でした。しかし現在では、この時間を「労働時間」として認めるべきではないかという議論が進んでいます。近年の働き方改革やコンプライアンス意識の向上に伴い、着替え時間に関するルール整備が飲食店経営の課題となっているのです。 今回のコラムでは、この問題の背景、代表的な判例、さらに最近の飲食店が取っている対策についてわかりやすく解説いたします。

過去を振り返る―着替え時間問題の時代背景
制服着替え時間が話題になった時代背景について以下に纏めてみます。
(1950年代~1990年代)議論がほとんどされなかった時代
高度経済成長期やバブル期の日本では、「長時間労働」「サービス残業」が当たり前でした。この頃、制服着替えや準備作業にかかる時間は、業務外の行為とみなされ、労働時間として認識されることはありませんでした。働く人々も「勤務開始前の準備は当たり前」という考えを持つことが多かったため、着替え時間問題が議論に上がることはほとんどありませんでした。
(1990年代)労働条件への関心が徐々に高まる
1990年代になると、ブラック企業や過労死問題が社会問題として認知され始め、労働環境への関心が高まりました。飲食業やサービス業の労働条件が見直される中で、制服着替えを含む準備行為の曖昧な扱いが徐々に問題視されるようになりました。しかし、まだ明確なルールや規制はなく「着替え時間の扱いはグレーゾーン」の状態でした。
(2000年代)着替え時間が注目され始める
2000年代に入ると、労働基準監督署による調査が厳格化され、労働者の権利に関する議論が進展しました。この流れの中で、勤務開始前の準備行為や着替え時間が「隠れた労働」として認識されるようになり、それを適正に取り扱わない企業に対して行政指導が行われはじめます。さらに、ブラック企業問題の社会的な注目が高まり、これまで曖昧だった着替え時間問題が労務管理の重要課題として明確に認識されるようになりました。
(2010年代~2020年代)SNSや働き方改革が後押し
働き方改革の推進や労働基準法改正により、「勤務時間の適切な管理」が強く求められる時代に変化しました。同時にSNSの普及により、労働者が自らの声を広く発信し、共感を呼びながら議論が進むようになりました。「少しの時間なら問題ない」という昔ながらの考え方は次第に廃れ、多くの飲食店で着替え時間の取り扱いを見直す動きが加速しました。さらに、2020年代には、SDGsやESGが企業運営の重要な基盤となり、「従業員満足度の向上」が企業価値を高める重要な要素として注目されています。制服着替え時間の適切な管理は、法的リスクの回避だけでなく、従業員の信頼を獲得し、企業イメージを向上させる取り組みとして捉えられるようになっています。
判例から学ぶ
労働時間と認められる着替え時間とは?日本国内では制服着替え時間に関する裁判が争点となり、以下のような判例が注目されています。
(判例①)制服着替えが業務の一環と認定されたケース
とある運送会社では、従業員に制服着用を義務付けていたものの、その着替え時間を労働時間として認めていませんでした。裁判所は「着替え作業が業務の準備として不可欠であり会社指揮下にある行為」と認定し、その時間を労働時間に含める判断を下しました。
(判例②)衛生管理が必要な飲食業で労働時間に認定されたケース
飲食業では衛生管理の観点に基づき制服着用を義務化していた店舗が訴訟の対象となりました。このケースにおいて裁判所は「衛生管理は店舗運営に欠かせない要素であり、着替え時間は指揮命令下にある準備作業」として労働時間に含めるべきだと認定。着替え時間が業務として認められる重要な前例となっています。
飲食店が取っている具体的な対策
飲食店では、衛生管理やユニフォーム着用が業務遂行上不可欠な要素となるため、着替え時間の取り扱いを明確化し、従業員との信頼関係を築くことが求められます。以下は具体的な取り組み例です。
着替え時間を労働時間に含めるルールの導入
制服着替えを業務の一環とみなし、勤務開始時刻を「着替え開始」からカウントするルールを導入する店舗が増えています。タイムカードや勤怠管理システムの設定を変更して、従業員に公平な運用を提供します。
例:勤務開始時刻を着替え開始時間の5~10分前から設定する。
説明会:従業員に店舗ルールを共有し、納得感を得るための合意形成を大切にします。
着替え時間の標準化・固定化
着替え時間に個人差が出ないよう、一律「5分間」などの固定時間を労働時間に含めるルールを採用。これにより賃金計算が明確化され、管理の手間が軽減されます。
自宅での制服着用ルールの推奨
着替え時間の処理を簡略化するため、従業員が自宅で制服を着用してから出勤するルールを導入するケースが増加しています。
利点:店舗内での更衣スペースを不要にし、業務開始がスムーズになる。従業員も自宅で準備を完了させられるため、時間効率が向上。
快適で衛生的な更衣室の整備
店舗内で着替えが必要な場合、衛生的で広さにも配慮された専用の更衣室を設置することが従業員満足度向上につながります。
具体例:十分なスペース確保のほか、清潔な環境やロッカーの設置によるストレス軽減。
勤怠管理システムの導入
着替え時間を労働時間として正確に反映させるために、勤怠管理システムやアプリを採用し、タイムカードの打刻を更衣室に設置するなどの工夫が進められています。
利点:正確な労働時間の記録と透明性の確保。「準備行為としての着替え時間」を分単位で管理することでトラブルを回避。
従業員との合意形成の強化
「着替え時間」の取り扱いに関するルールを整理し、説明会やフィードバックセッションを通じて従業員へ具体的に共有。店舗側と従業員の双方が納得できるルールを築くことが重要です。
福利厚生での支援強化
店舗側が制服クリーニング費用を負担する、定期的に制服を支給する制度を設けるなど、従業員の負担を軽減する工夫も進められています。これにより従業員満足度が向上し、働きやすさが広がります。
まとめ―公平で透明なルールが信頼の基盤
制服着替え時間の問題は飲食店経営の重要な労務管理課題の一つです。法令に基づき着替え時間を「業務準備行為」として労働時間に含めるルールを導入することで、店舗運営の効率化、従業員満足度の向上、法的リスクの回避に寄与します。衛生管理が必須である飲食業においては、特に着替え時間の適切な管理が不可欠です。とはいえ、この対応は単なる義務化以上の意義を持ちます。信頼に基づく職場環境を構築することは、従業員との関係改善や店舗イメージの向上に大きく貢献します。
公平・透明性・働きやすさをキーワードに、着替え時間問題へ柔軟な対応を進めていきましょう。